小樽芸術村 OTARU ART BASE

Otaru Ukiyo-e Museum

浮世絵美術館

浮世絵美術館

Otaru Ukiyo-e Museum

観光客でにぎわう小樽運河に面する「浅草橋小樽運河倉庫ビル」を活用した、浮世絵の魅力に触れられる美術館です。収蔵作品による企画展示と、高精細レプリカや道具見本等を用いた常設展示がご覧いただけます。天下泰平の世に花開き、いまや世界的に高く評価される日本の伝統芸術の世界をお楽しみください。

フロアマップ

作品紹介

喜多川歌麿《高島おひさ》

両国の水茶屋の看板娘、高島おひさを描いた図。団扇を手にして振り返ったところをとらえている。島田に結い上げた髪にべっ甲の縁飾りのついた櫛をさした姿から、17歳の少女のはつらつとした雰囲気が伝わってくる。初版では彼女の高い評判を詠う狂歌が添えられていたが、寛政5年(1793)に美人の名前を錦絵に記すことが禁止され、後版では削除された。難波屋おきたを描いた図と対になり、横に並べて二人が向かい合うように鑑賞できる。

喜多川歌麿宝暦3?~文化3年(1753?~1806)

江戸時代中後期の浮世絵師。鳥山石燕の門人。はじめ《画本虫撰》などの写生画で注目される。のちに胸元から上をクローズアップする大首絵による美人画を版元・蔦谷重三郎から版行し一世を風靡。吉原を中心とする遊女や市井で評判が高い娘たちをモデルとし、その表情や仕草の繊細なニュアンスを描き出すことで女性たちの心の機微に迫った。

東洲斎写楽《初代市川男女蔵の奴一平》

初代市川男女蔵の奴一平

寛政6年(1794)5月に河原崎座で上演された「恋女房染分手綱」に取材した作品。伊達の与作の奴(家来)である一平が、悪臣・鷲塚八平次に雇われた江戸兵衛らに襲われる場面を描いている。刀に手をかけ、悪党と立ち向かう一平の表情には緊迫感が漂う。奪われた用金300 両は、主家の若殿が芸妓を身請けするために用意した金であった。本図は襦袢(じゅばん)の色にちなみ、通称「赤襦袢」と呼ばれる。

東洲斎写楽生没年不詳

主に役者絵で活躍した浮世絵師。寛政6年(1794)に版元・蔦屋重三郎から贅沢な雲母摺の背景をもつ役者絵28図を版行。役者の個性を残酷なまでに誇張した写楽の作品は、美化された役者絵が主流の当時において非常に斬新で奇抜であった。以後わずか10ヶ月の間に、役者絵、相撲絵140点あまりを同版元より版行した。人物の来歴については不詳。

葛飾北斎《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》

冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏

巨大な波の間には、3 艘の押送船(鮮魚を江戸市中へ届ける小型高速船)が見える。船上の人々は必死で船にしがみついており、波の激しさが伝わってくる。一方、立ち上がった大波の先には富士山が鎮座しており、動と静、近と遠の相反する要素の対比が見事なバランスによって表現されている。

葛飾北斎宝暦10~嘉永2年(1760~1849)

江戸時代後期の浮世絵師。安政7年(1778)、勝川春章に入門し春朗と号す。寛政6年(1794)、勝川派を離れ、俵屋宗理を襲名。以後も改号を繰り返す。肉筆画や《冨嶽三十六景》に代表される風景版画、摺物や読本挿絵、絵手本などを幅広く手掛ける。晩年まで旺盛な制作意欲を失うことなく、ずば抜けた描写力と構成力によって常に新しい表現を探求した。

歌川広重《東海道五拾三次之内 蒲原 夜之雪》

東海道五拾三次之内 蒲原 夜之雪

歌川広重の名所絵師としての評価を確固たるものとした揃物《東海道五拾三次之内》(保永堂版)のうちの1図。蒲原は本来雪の降らない土地であるが、それを一面の雪景色として描き、すれ違う2組の人物を配することで旅の侘しさや感傷的な雰囲気を表現した。

歌川広重寛政9~安政5年(1797~1858)

江戸時代後期の浮世絵師。歌川豊広の門人。天保2年(1831)頃に刊行された風景版画の揃物《東都名所》が出世作となり、次いで天保4年(1833)頃に発表された《東海道五拾三次之内》(保永堂版)が大成功をおさめる。以後、街道沿いや江戸市中の風景を題材とした揃物を多数発表し、詩情豊かな風景画の名手として人気を博した。

歌川国芳《相馬の古内裏》

相馬の古内裏

武者絵の第一人者、歌川国芳の代表作。山東京伝作『善知安方忠義伝』に取材。大宅太郎光国が荒れ果てた相馬の古内裏に潜入する場面を描く。読本では、妖術使いの瀧夜叉姫が召喚したのは数百という数の骸骨であったが、国芳は1体の巨大な骸骨として描き画面に迫力を生み出した。

歌川国芳寛政9~文久元年(1797~1861)

江戸時代後期の浮世絵師。初代歌川豊国の門人。文政10 年(1827)頃より版行された《通俗水滸伝豪傑百八人之一個》が大ヒットし、一躍人気絵師となる。「武者の国芳」の異名を得て、和漢の故事や歴史説話に取材した斬新な構図の武者絵を多数制作した。また、ユーモア溢れる戯画や風刺画に才能を発揮したほか、西洋の表現を取り入れた風景画や美人画など、幅広い画域で活躍した。

PAGE TOP